四条畷神社のご案内

 四条畷市は、四条畷町と田原村が昭和36年に合併し、昭和45年に市制を施行してできた市です、市域の東半分は生駒山系支脈の山地で、南部は寝屋川流域平野の平坦地になっています。当市の歴史は大変古く、石器が出土、遺跡古墳などが数多く残っています。
 近年は大都市周辺のドーナツ化現象と、大阪市近郊にあって交通の便も良いことから人口の増加が著しく、 また、関西文化学術研究都市の一翼を担っており、そのための開発が進みました。
 市域内には、室池、飯盛山など至る所に緑に恵まれた景勝地があり、また楠木正行を祭る四条畷神社、小楠公墓所など見るべき史跡、旧跡など数多くあります。
 神社の元になっているのは、雁屋(かりや)の楠塚、この42坪ほどの墓域が3000坪へと拡張され、石碑が建立されたのは明治11年1月5日。この小楠公墓所に神社建設の議案が出たが、平地では景色が良くないとして、墓地の東100mの飯盛山の麓に神社建立となったそうです。
 明治22年7月に神社創立特許が出され、小楠公社創立規約を定めて小楠公神社の名称の元に出発しましたが、工事半ばに現在の四条畷神社に改称されたそうです。
 境内には大楠公夫人を祭る御姓神社(みおやじんじゃ)があり、現在は桜、楓が多く、春秋の見物など自然に恵まれた旧跡となり、大晦日から年始にかけてにぎわっています。
 楠木正行墓の楠(府の天然記念物)は、1929年楠木正行の供養碑が建てられた時その両側に植えられましたが、成長して碑を包むように2本の木が1本になったと伝えられています。樹齢560年、幹廻り12m、枝張り径40mを越える大木です。学問の神様として、受験シーズンには多くの人が拝礼に訪れます。

楠 塚 四条畷神社 小楠公墓地

楠木正行[くすのきまさつら]の楠(大阪府指定文化財 天然記念物)


くすのき 楠木正行の供養塚に植えられた楠は、現在樹齢約550年、幹の回り12mにおよぶ巨木に成長しています。大阪府の文化財に指定されており、市の木が楠であることから市民に広く親しまれています。

楠木正行[くすのきまさつら]の墓(大阪府指定文化財 史跡)


楠木正行の墓(8.3k) 楠木正行は楠木正成[くすのきまさしげ]の子で、1348年の四條畷の戦いで高師直[こうのもろなお]と戦って討ち死にしました。ここには正行が一族とともに合葬されています。正行の死後約80年経って小碑と楠の木2本が植えられ、供養塚が作られました。現在の石碑は明治11年に建てられたもので、大久保利通自筆の銘が刻まれています。
交通◆JR学研都市線四条畷駅下車徒歩5分